FPあかまつたすく的blog

PTAの会長に始まり長く子どもたちの育成活動に携わってきている中で気づいたこと…。
社会の変化の中で、子どもたちは確かに少しは変わったけれど本質は素直なままで変わっていないということ。
子どもは親の背中を「見て」育つのではなく、親の「ように」育つのです。今こそ、親が変わらなければ…、今こそ大人が成長しなければ…。さぁ、私たち大人一人ひとりが成長を。
昨年のひぐらしに続き
昨年の夏、

我が家のマンションのベランダで
夕方と間違えた「ひぐらし」が早朝に鳴いていて、
その音の近さに慌てて起き、

見事生まれて初めて「ひぐらし」の虫とりに成功した事を
ブログに書いたが、

またまた驚きが今年も一つあったんです。

昨日小川のワールドカントリーでゴルフをしている最中、

なんと、生まれて初めて、
目の前で、

「啄木鳥(きつつき)」が木をつついてるシーンに遭遇したのです。

今日はウグイスがたくさん鳴いてるなぁと思った矢先に木を叩くような音がするねと言っていたのが、

なんとあるホールのティーグラウンドの横にある木での出来事でした。

思わず写真を撮ったもの、携帯の写メでは望遠出来ず小さな鳥をキレイに撮影は出来ませんでした。

何となく鳥が写ってるな程度?(^^ゞ

残念!

それにしても見事に穴をくりぬき巣を造りかけていて感動したのでした。

やはりゴルフ場というのは自然に近いとこなんだなぁ…
| 感動〜ぅ | 21:16 | comments(0) | - | ↑TOP -
号泣
今日は、日中はかなりの分刻みの仕事で、
夕方は一旦地域へ戻って
校区内の安全パトロール…
若干小雨が降りかけたが持ち直したのでした。パトロールでは子供達が元気に帰宅していて、
小学生の「さよならぁああ」という声が、嬉しく、そして爽やかさを与えてくれたりします。
(小さな幸せ(^^))
それにしても、車の運転者…

一時不停止の多いこと多いこと!

一瞬でもいいから止まってくだせぃ、全く停止線を見てないというか
標識さえも見てない(-"-)
どういうこと?

夜、ビデオに撮っていた「金スマ」、いのちの授業SPを見て号泣しました。

いつもと違い、後ろの赤い服のお姉ちゃんたちはおらず、
白血病などや戦争をテーマにして、小中学生をゲストにしていました。
内容は見なきゃ分かりませんが、
とにかく
私はああいうのには目ざといし弱いのです。

普通にさえも生きる事が出来ずに亡くなっていったり闘病生活を続けていたり…
その、「普通に」が出来ない人がたくさん居るというのに…

深い…けれども単純な…、一人でも多くの我々が何らかの手伝いを…
出来る範囲で少しずつすれば…
一人では人は仲々力を発揮できませんが、多くの人が結集すれば大きな力となるのだと、
改めて思った時間でした。

| 感動〜ぅ | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
嬉しいメールがありました
実は嬉しいメールがありました。

ある介護関係の仕事をしている方からのメールでした。
実は、熊本でも新しい仕組みづくりをされている事業所に所属している方なんですが、

この方が、事業所拡大の為に他の事業所で働く人財をスカウトしているんだけど仲々首を縦に振ってくれないから、
どうしたらスカウト出来るでしょうか?
と1か月くらい前に尋ねて来られていました。

確かに、条件的にはトップが儲けるって事業所ではなく、みんなで得たものはみんなで還元しようっていう事業所さんなので、介護関連の事業所さんの中では、画期的と言えば画期的なんですね。

そこで、私はこうアドバイスしたのです。

「同じ業種の職場環境なんだから、確かに条件云々はあるけれど、人をスカウトするには、条件がどうとかこうとか話しても人は仲々動かないよ。」
「貴方も、今の事業所に移るきっかけは、みんなでこうしたいとかこんな事業所にしたいとかの部分に共鳴したんでしょうから、
貴方の、夢とか目標とかをその人に話してみなさい…と」
そして、
「一緒にやらない?一緒に夢を実現しようよ!と言ってみなさい…と。」

その方はそれに感動してくれて実行していたんですが、
昨日、メールで、
ずっと誘ってた人が遂に移ってくれることになったので報告とお礼ですと言ってメール下さいました。

良かったですねとともに、次のような返事をしました。

『 私も、今から14年ほど前の29歳の時に、
ソニー生命保険からハンティングされ、今の保険業界に移りました。
一応は一部上場会社にいましたので、妙なプライドもあり、そして長女が産まれてまだ2歳という頃ですので悩みはしましたが、

何より、
ソニーの創業者である 故盛田昭夫氏がソニー生命を作った際、
ソニーという会社はモルモットだなんだと言われても世界初というものを作ることにこだわるんだ。「人のやらないことをやる」がソニースピリットなんだ。だから、G(義理)N(人情)P(プレゼント)商法というものにどっぷりと浸かっている生命保険の業界で、
高い知識と高い使命感を持つ、新卒ではなく何年も社会を経験した人財を集め、その崇高なプライドのまま仕事を出来る環境の会社を作る事を約束し、1対1というコンサルティング営業をやっていく。と発言されたビデオを見せて貰いました。
そして日経新聞の1面広告で、
今日から生命保険が変わる!○○○プランナーが変える!
という新聞の見出しで始めたんですよ。
だから最初は30数名の営業職の数だったんですが、CMもせず、コツコツと人財を集め、正々堂々と「あるべき姿」の商品をお客様にも買って貰っています。保険には入るのではなく買うんです。だから入って貰って有難うございますと下手に出る必要もなく、買って貰うにあたり、より良いものを紹介提供しているんだから、
買わせて戴いて有難うございます…というスタンスなんですよ…と。

そして一緒にアントレプレナーになりましょうよ!
という言葉に感動し転職を決意しました。

人の心を動かすには「感動」が必要です。
感動させる為には話術なども含めその人の人間力を問われます。
人は感動すると、こんな人みたいになりたいとなります。そしてその人を目標にします。
感動を与えた側は、もっともっと人間力を高め続ける必要があります。
その相乗効果で人と人は成長をするんです。

だから、貴女ももっともっと人間力を磨く努力をし続けて下さい。』

こうお返事を出しました。

それにしても、何となく私も嬉しくなったメールでした。

| 感動〜ぅ | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
台風一過?
予想通りの熊本は何の面白味もない台風一過でしたね。

今年は中国大陸からの偏西風ではなく、北の方のロシアの方にあるので、
台湾で停滞してしまったんですが、
その台湾から日本に来る途中で、もっと下の方(南洋の方)からの別の風が吹いていれば…
そう…熊本が一番被害が大きくなる台風のコースは、
「長崎かすめるコース」なのです。
損害保険で火災保険の仕事もしているので、あまり被害が大きいと「本来」はいけないのですが、
個人的には、我が家は台風好き?^^;で、マンションに住んでて自分ん家は被害が無いこと事が分かってるから思える事ではあるんだけれど、
風や大雨は、窓越しに見て「うわぁ!」とか言いながら楽しんでる家族達がいてしまいます。ごめんなさい…

それにしても熊本は本当に取り越し苦労が多い台風となる事が多いのです。

今回、「いかんいかん」と思いつつも、
台湾から沖縄に戻ったあたりで、下からの風で押されて長崎コースに来ないかなぁなんて思ってしまいました。

しかし、予想通り、鹿児島かすめコースになった途端終わりです。
鹿児島の方はいつも結構被害に遭われるのでご愁傷様ですが、今回の熊本…、
なんだ?この台風?雨さえも殆ど降らず、風も、あれれれれ?程度で終わりました。
とは言え、まだまだ台風は来るでしょう。

それはそうと、
我が家のこの夏のビッグニュースは「ひぐらし」でした。
あの、蝉のひぐらしですよ。
な、なんと!我が家のマンションのベランダで鳴いているのを簡単に網でゲットしてしまったのでした。
私の子供の頃も蝉取りはたくさんしましたが、ひぐらしは本当に山の方にしかおらず、しかも夕方に鳴く。すばしこい事もあってゲットした事は無かったのです。私にとっても人生初の「ひぐらし」ゲットだったのです。

8月28日の早朝のことでした。

その1週間前くらいに、夕方、我がマンションのどこかで鳴くひぐらしの声を聞いていて、
「わ!街中でひぐらし鳴いてる!」とビックリしたんですが、
それから暫くの事だったので、もしかしたら「そいつ?」なのかもしれませんね。(#^.^#)
早朝の朝陽を夕陽と勘違いしたのかどうか…
5:55の事でした。暑いので窓を開けて寝ていましたが、「カナカナカナカナ…」と傍で鳴いているぅ!
びっくりして飛び起き、ベランダの外を見ると、何とベランダの屋根部分に止まって鳴いてるじゃぁありませんか!
そぅっと網を持って来てそしてゲ〜〜ット!
感動しましたぁ。人生初のヒグラシです。
ひぐらし

それにしても、
熊本市内ではこの2〜3年、夏の暑過ぎる暑さに、クマゼミばかりが繁殖し、鳴いてる蝉はクマゼミばかり。
たま〜にアブラゼミを見る程度で、小型のミンミンゼミとかニイニイゼミとかを見なくなってます。
8月後半になってツクツクボウシは出て来ますが、ゴルフ場でもあるまいし、街中にヒグラシが居るって事も、
どうも異常気象の影響なんでしょうかねえ。

| 感動〜ぅ | 08:05 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
久しぶりの大畑先生
今日は、午後からパレア。

市の青少年指導員(まぁ要は補導員さんである)協議会の定期総会があった。
総会はつつがなくちゃちゃっと終わり、

メイン?である研修会。
伝説の「大畑先生」の講演会でした。久しぶりの大畑先生であったが、
また更に話が上手くなっておられ笑い転げました。
昨年、熊本盲学校校長を最後に定年を迎えられ、今は、九州ルーテル学院大学の客員教授だそう。
妙に、ツボにはまるんですよねえ。

それにしても、以前から思っているが、今日も改めて心から思ったが、
大畑先生が、
県の教育長になられたら、熊本の公教育は劇的に変わると思うし、
是非とも実現出来ないかなと思う。

久しぶりで、更に更に、話が上手になってたので、元気を貰いました。

県の方々や県議会議員の皆さんも一度は大畑先生の講演を聞いた事があるとは思うんですが、
なんで、あの人を教育長にしようなんて声が出ないのかな?
特に、現場と言うか…
教職員の体質が根本的に変わると思うんですがねぇ。
「悪戦苦闘能力を身につけよう」がテーマで、
一貫して、今日もまっすぐに「挨拶」と「朝ご飯」の大切さを訴えておられました。

今日特に印象に残ったのが、

『21世紀のこの情報化社会で最も大切な課題は「人間関係」で、この人間関係が乏しくなって人は孤独になるから北から南から殺傷事件なんかが起こってしまう。情報化社会って言って、情報が沢山インターネットで得られるのに、情報はむしろ溢れてしまってて、昔は、隣りの家の○○は今朝つこけて足ばくじいて馬鹿んごつ…とか、あそこん家の娘がお産で帰って来とるばってん、あらぁ下ん娘だもんな…なんて会話がアチコチで聞こえたのが普通なのに、今は隣りんこつさえ分からんでしょ?どこが情報化社会だろか?』

なんてバリバリの変わらずの熊本弁で面白おかしく話して下さいました。

たくさんメモしましたが、改めて「いただきいただき」と思いつつ
メモメモ…でした。^^;
大畑先生の言葉からも、どこかで私がパクって話してるかも…です。(^^♪

まぁ、よく考えてみれば
知事が任命して議会が承認するというのが教育長ですから、知事があの人の良さを知った上で、
「この人を!」って思わないことにはテーブルに乗らんわなあ。

もしかして、アクが強すぎて強すぎるがゆえに公務員体質の教職現場には弊害を多すぎるのかな…。



「えどはるみ」と「世界のナベアツ」の着声をゲットしたので、
下の子に聞かせたら喜ぶ喜ぶ^^;
ちなみに、妻が「ナベアツ」の「1、2、サーーーーン」の着声を欲しい!
と言っていた。

| 感動〜ぅ | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
Qちゃんありがとう
名古屋国際女子マラソン…
Qちゃんの9km手前での高橋尚子選手の失速には驚いた…

午前中は、長女の中学校バレー部の送別会に体育館へ行き、来なくても良かったなぁと思いつつ帰宅…
そう、北京への最終選考会の名古屋国際女子マラソンがある。
帰宅すると誰もおらず、お、おれの昼ごはんは??
奥さんに電話すると、次女と東宝シネマズはませんにいた。
奥さん曰く仕方なく…ドラえもんの映画だそうだ。ガーン(>_<)
仕方なく、ほか弁になり、はまってマラソンに備えた。

最終選考会にありがちな超スローペースのレース。
Qちゃん、もう年齢的にもと思い、彼女には走ってる姿と笑顔で充分だと思いながら、それでももしかしたら…
ブッチギってやってくれるかも?と半分期待しつつ見ていたら、
な、な、なんと8キロ余りしか先頭集団につけなかった。

終わってみればTVの放映時間内にゴールさえ出来ず、その後どうなったんだ
状態になったが、
レース後の記者会見では
「米国ボルダーで合宿中の昨夏、持病の右ひざが悪化。8月1日に半月板を半分切除する手術を受けた。ひざに3つの穴を開け、内視鏡を入れて切る方法。傷口が小さく競技への復帰も早いためスポーツ選手の実施例は多い。高橋も手術当日に退院し、数日後にリハビリを始めた。」と言うことだった。

本格的な練習再開は今年1月で、中国・昆明で30キロや40キロを10回以上こなし、1日に70キロを走る日も。
それでもスピード練習は2回だけで、
「距離には自信を持ってやったが、速さに対応できなかった。きついわけでも息が上がるわけでもないが、動かなかった」と言うことである。
調整も十分ではなかったようで。32kmあたりでは下痢の為コースを外れてトイレに立ち寄ったらしい。
TVは終わってるから、そんな姿も無かったが…っていうかその場面は写せないか^^;

ネットやらマスコミやらでは、非難する声もかなり多いが、

福士加代子も何度も転倒してもゴールへ、
そして、今日の高橋尚子もそういう体でもきちんとゴールしてくれた。
陸上の長距離をやった人間にしか分からないゴールへの大変さ…。
身体がボロボロの時にでも、ゴールへこだわってくれただけで良いのである。
敢えて有難うと言いたい。
そして、まだ引退はしないそうなので、また、ナイスの笑顔を見せて欲しいもの。
いいじゃないか…例え市民ランナーのように、再春館のマラソン大会に
普通のランナーと一緒に走ってくれるだけでも客は呼べる人…。

今の野口みずきがあるのも、世界の先陣を開いたQちゃんという存在が
大きかったからであり、
そん野口も、今年の北京オリンピックが終わって数年すればダメになる年齢に差し掛かってくる。
世代は交代があるもので、優勝した中村選手も、世界ではまず無理であろう。
おそらく、私の予想では…
今回の北京では野口みずき以外でメダルを争える人はいない。
数年後、間違いなく「絹川愛」がニホンを引っ張るすっごい大選手になっている事を期待します。

もう一度Qちゃんありがとう!

| 感動〜ぅ | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
手をつなぐ
昨日、香里奈主演の知的障害の人をテーマにしたドラマ「だいすき!」
の事を書いたが、

その、知的障害の事を調べていたら、またまた感動してしまいました。

知的障害を支える全国組織である
全日本手をつなぐ育成会理事・権利擁護委員長の野沢和弘さんが書いた
言葉です。
そのまま書きます。長くなりますが、私のブログに来たっていう何かの縁もあるでしょう。真面目に読んで見て下さい。

知的障害について…
(1) 病気とは違います
 知的障害とはどのような障害なのか、日本の法律では定義はされていません。
 目や耳の不自由な人、車いすの人などは障害があることがわかりやすいのですが、もともと知的な能力は高い人もいれば低い人もいて、どこからが障害と判断するのかについてもいろいろな考え方があります。
 実際は次の三つの点から検討されることが一般的です。

18歳未満の発達期に障害があらわれていること。
お年寄りの認知症とは違うということです。
知能指数 (IQ) が70未満であること。
標準は100ですが、IQ 検査は何種類かあり、検査によって数値が違ってきます。
年齢に比べて、身の回りのことや学習などの社会生活能力が低いこと。
 障害は病気とは違って、治療や訓練をすれば「治る」というものではありません。ただ、家族や友だちや周囲の人々が障害についてよく理解し、障害のある人が育ちやすい環境を整えてあげることによって、社会的生活能力は向上していき、福祉の援助が必要ではなくなる人もいます。
 それでも、障害がなくなるということではありません。その人の個性や特徴の一つになっていくようなものかもしれません。
 また、知能指数 (IQ) 検査は、言語が理解できないと数値が低く出る傾向があるなどの批判もあります。最近はイラストや図などによる説明が多く見られるようになり、現実に生活していく上での「知能」と IQ とのズレが大きくなっていると言われています。

(2) 知能について
 そもそも、知能とは何でしょう。IQ 検査などでは、言語理解、数、空間、記憶、知覚の速度、推理などについて調べ、その人の能力を数値で表しますが、それだけでは説明がつかないことがたくさんあります。

 知的障害者や自閉症という障害者の中には、一瞬のうちに目の前の風景を細かいところまで記憶に焼き付けることができたり、数字や日時に関する記憶や処理能力が優れ、天才的な一面を見せる人が少数ですが、います。

 また、過去の体験や学習で蓄積された知識と、新たな状況に適応するため柔軟に変化する知的活動に分けて、知能をとらえる考え方もあります。新たなことに柔軟に対応するためには、どれだけの知識が蓄積されているかが重要だというのです。
 一方、新たな対応が体験としてさらに知識を蓄積していくわけで、その人がどのような環境や人間関係の中で暮らしてきたか、どのような体験をしてきたのかが、知能に大きな影響を与えるというのです。
 数学や理科の勉強ができたり、難しい漢字を書けることだけが知的能力を測るものさしではないのです。

 厚生労働省の平成17年調査によると、知的障害のある人は54万7,000人で、そのうち施設で暮らしている人が12万8,000人、地域で暮らしている人は41万9,000人です。だいたい4人に1人は施設の中で生活しているわけです。
 多くの先進国では、障害があっても施設で管理された生活を強いるのは権利侵害ではないかと考えられ、障害のない人と同じように地域で生活するようになってきました。これをノーマライゼーションといいます。


 障害者だって恋愛もします。幸せな結婚をしたいと思う人もいます。赤ちゃんを産む人もいます。大切な人を失い、悲しみに襲われることもあります。仕事をして認められたい、お金を稼ぎたいとも思います。だいすきな人を抱きしめたいとも思います。
 人生の中でさまざまな人とめぐり合い、楽しい思い出や悲しい出来事をいっぱい経験し、そうして蓄積されたことが知的能力を育んでいくのです。

(3) 原因
 環境や人間関係が知能に大きく影響するとしても、人はそれぞれ生まれながらにして知的能力が違います。どうしてなのでしょうか。
 たとえば、ダウン症という知的障害は染色体が一般の人とは違うために発生します。なぜ染色体の違いが出るのかはよくわかっていません。
 妊娠中に薬の副作用やさまざまな有害物質を吸引したり、生まれてくるときに難産のために脳に何らかの損傷を負ったり、酸素をうまく吸えなかったりするために知的障害になる場合もあります。
 遺伝によって知的障害があらわれる場合もありますが、いずれにしても詳しいメカニズムはよくわかっていません。

 身長が人によって違い、走る速さも人によって違うのです。知的能力が人によって違うのは不思議なことではありません。
 足が遅い人でも一生懸命に努力すれば速く走ることができるようになります。
しかし、あまり努力をしなくても生まれつき速く走ることができる人もいます。
どんなに努力しても追い越すことができない場合もあります。

 しかし、努力するのは無駄なことでは決してありません。努力することによって自分の中に充実感が広がったり、がまん強さが身に付いたり、心が強くなったりします。困ったことに直面しても、努力して身に付けた強さによって乗り越えることができたりするものです。
 精一杯がんばっている人は周囲の人々に勇気や感動を与えたりもします。
 知的障害の人だって、努力をすることでいろんなことができるようになります。歩みは遅いかもしれません。努力していることが周囲にはわかりにくいかもしれません。それでも、一生懸命にかけがえのない人生を生きているのです。それは、障害のない人と同じです。

(4) 知的障害は悪いことか?
 知的障害者は自分が悪くて障害になったわけではありません。もしも知的な障害のある人があなたの好みに合わなかったとしても、差別したりいじめたりしたら、彼らはどれだけ悲しい思いをすることでしょう。
 障害者が差別されるようになったのは、戦争や経済成長に役に立つかどうかで人間を評価するようになってからのことだと言われています。
 古い遺跡を調べると、ある民族は牧草を求めて移動するとき、病人や障害者を大切に連れていった跡が見られます。わが国でも障害のある子どもを「福子」と言って大事にしたり、障害者がいる店は繁盛すると言われたりした時代がありました。障害者を大事にする昔話が各地に残っています。

 障害のある人をどう見るのかは、私たち自身がどのような価値観を持っているのかを照らし出すことにほかなりません。その時代の素顔を映し出す鏡のような存在なのかもしれません。

(5) 技術の進歩が障害を変える
 もしもメガネやコンタクトレンズが開発されていなければ、視力が 0.01 の人はれっきとした障害者です。
 もしも車いすが開発されていなければ、立って歩けない人は自分ひとりではどこへも行けないかもしれません。車も電車も飛行機もなかった時代、自分で移動することができない人はおそらくビジネスをはじめとするあらゆる社会的活動から排除されていたことでしょう。

 ところが、手紙や電報が登場すると、歩けなくても手紙や電報をつかっていろいろな活動に参加し、自分の意見も伝えることができるうようになります。
 一方、目の見えない人は誰かに手紙や電報を読み上げてもらったり、代筆してもらわなければ手紙や電報を利用することができません。

 電話が開発されて普及する時代になるとリアルタイムで情報交換ができるようになり、人類の社会活動は飛躍的にスピードアップしました。目の見えない人もまったく困ることがなくなりました。
 ところが、取り残された人たちがいます。耳の聞こえない人です。ビジネスの交渉も、政治的な活動も、恋愛も、あらゆることが電話でのやりとりが中心になると、耳の聞こえない人たちは世の中の動きになかなか付いていけなくなります。

 パソコンが開発されインターネットの時代になると、大量の文字や映像の情報が時間と距離を飛び越えて、目の前のパソコン画面に現れるようになりました。電話時代に取り残されてしまった耳の聞こえない人にとっては、ネット社会の到来はまさに福音です。
 しかし、今度は目の見えない人たちが困ってしまいます。最近は音声対応型パソコンが開発され、だいぶ便利にはなってきましたが、電話が社会的コミュニケーションの主流だった時代に比べれば、目が見えないために受けるハンディは大きくなったはずです。

 このように
障害の質や程度は同じであったとしても、技術の開発や情報伝達のあり方によって、社会生活をする上でのハンディは重くなったり軽くなったりするのです。 現代のように都市化、工業化、情報化が進んでいなかったころ、知的障害のある人はそんなに困っていなかったのかもしれません。

 
(6) 多数だと見えない?
 ある目の見えない男性は言いました。
 障害というのは何でしょうか。どの国でも、どの時代でも、どの地域でも、だいたい障害者は同じくらいの割合で生まれてくるものなのです。ところが、神様がいたずらをして、この町では私のような目の見えない人がたくさん生まれてきたとしたら、この町はいったいどんなことになるのでしょう。考えてみてください。
 そうしたら、私はこの町の市長選に立候補します。おそらく私のような目の見えない有権者の数が多いので、私は市長に当選するでしょう。私にはとっておきの公約があります。
 この町の財政赤字をなんとか解消しないといけない。地球温暖化の防止にも貢献しないといけない。そのために、私はこの町から電灯という電灯をすべて撤去する。どれだけの電気代を節約できることだろう。電気をつくるために発電所の負荷も減らすことができるし、一石二鳥ではないか。私たちのような視覚障害者には電灯なんて何の役にも立たないのだから。
 すると、目の見える市民たちは血相を変えて私のところに飛んでくるでしょう。「市長、そんなデタラメな公約は撤回してくれ。電気がなければ私たちは室内で仕事ができない。夜はどうやって過ごせばいいんだ」
 市長になった私はこう答えます。「まあまあ、みなさんの気持ちはわからなくもないが、一部の市民のわがままを聞くわけにはいかない。少しは一般市民のことも考えてみてはどうですか?」。そう、この町では目の見えない人たちが「一般市民」なのです。

 障害とは何かが<できるか・できないか>なのでしょうか。
 <目が見えるか・見えないか>
 <耳が聞こえるか・聞こえないか>
 <足で歩けるか・車いすで移動するか>
 <学校の勉強ができるか・できないか>

 そうではなくて、どういう特性を持った人が多数なのか。多数の人たちが自分たちに都合の良いようにルールを作り、街や道路や建物を作り、コミュニケーションの方法を決め、そのために少数派の人々が「障害者」というレッテルを張られて、社会の隅に押しやられているだけなのかもしれません。
 多数だと大切なことが見えなくなることがあります。


全日本手をつなぐ育成会理事・権利擁護委員長
野沢和弘
<参考文献>
「発達障害白書2008」(日本文化科学社)「知的障害のある子といっしょに」(偕成社)「障害と私たちの社会」(大月書店)「条例のある街」(ぶどう社)


この文を見ながら…
「だいすき!」を見ているから…もあるのですが、
また涙してしまいました。

ふん!何もやってないくせに…と思われる方もおられるやもしれません。
ただ、
涙を流せるってだけでも…
流せないよりは「まし」な気がするんです。

むしろ、涙を流せない…ことの方が悲しい。

| 感動〜ぅ | 02:27 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
泣いた(>_<)
『娘を思う気持ちは誰にも負けない!
知的障害のある23歳のママの子育て奮闘記』

TBSのドラマで毎週木曜22時にあっている、香里奈主演の「だいすき」に泣きました。
ここ暫くハードディスクに溜まった状態であったので、最初から3話分をまとめて見たんです。
ハードディスクの録画器ってのは本当に便利で、
CMなんかパパッとすっ飛ばせます。
少し早い速度で見たりなんてことも出来るので正味2時間もかからず見る事が出来たんですね。

がしかし…ボロボロ泣いてしまいました。

どんな内容かと言うと、
2005年3月から「BE・LOVE」 (講談社刊) でスタートし、現在も連載中の 『だいすき !! ゆずの子育て日記』 が原作。
主人公、福原柚子は軽度の知的障害がある23歳。柚子は、子供のような純粋さで恋に落ち、結ばれ、妊娠。やがて母親になり、そのひたむきな気持ちを母親や支援者は必死にサポートする。

けれど柚子を待っていたのは、想像よりはるかに辛く厳しい道だった。
“母親” であることが難しいのは誰でも同じ。みんな不安な初心者なのだ。
幼児虐待事件や家族の間で起こる悲しい事件が後を絶たない今だからこそ、懸命に悩んだり笑ったりしながら、 “母親” になっていく柚子を通して「子供を生んだから母親になる」のではなく、「子供と成長することで母親になっていく」姿を感じて欲しい。

子どもにとって一番必要なのは愛情ではないだろうか。
どんなトラブルにもへこたれず、我が子の幸せだけを願い、誰にも負けない「だいすき!」という感情でまっすぐに子供を愛しぬく柚子。
この物語は、そんな柚子の子育て感動奮闘記だ。

主人公・柚子には香里奈。ドラマ初主演でこの難役に挑戦する。
愛情一杯で柚子を包む母に女優デビュー30周年の岸本加世子、柚子を支える人々を平岡祐太、福田沙紀、紺野まひる、余貴美子が演ずる。


と、こんなドラマである。
こういうのは正直ダメです。うぉんうぉん泣いてしまいます。
そう言えば初回をダイレクトで長女が見ていて、
奴も…うぉんうぉん泣いていたなぁ。

ソニー生命在籍当時、ソニー生命は多分もう10年以上はスペシャルオリンピックスを支援しているんではないだろうか。今でも支援していて、
確か、去年の熊本大会の時にも、
オリジナルジャンパー等をまとって何人もがボランティアに来ていて、
当時の仲間もいました。
私は、個人的にスペシャルオリンピックス熊本にボランティア登録をしているが、いつも思うのは、ああいう大会等の時にだけ大々的に「広告」のように支援するのはどうかなあ?なんて思ってしまいます。

自分が、学校や地域を本当に一生懸命「まちづくり」「学校づくり」をしているので、
普段からコツコツ人知れずボランティアすべきじゃないかなぁ…
かくいう私も、地域全体…をボランティアしている多忙さもあるけれど、
仲々校区内の平成にある…しかも我が家から徒歩5分程度の、
「知的しょう害」を持つ方々の通所作業所である「あゆみの家」の支援を
何らかの形でしないといけないと思いつつ出来ていない事を反省してしまう。

実際のところ、本当に私自身も…
あの方々のこと…心と身体で分かってはいない。

| 感動〜ぅ | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
久しぶりに読んだら泣けた
100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))
100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本)

これはひょっとしたら小さな子どもには難しいのかもしれないと改めて思った。もしかしたら大人の為の絵本なのかもしれない…

〜ストーリー〜
100万回も死んで、100万回も生きたねこがいました。
王様、船乗り、手品使い、どろぼう、おばあさん、女の子・・・100万人の人がそのねこをかわいがり、100万人の人がそのねこが死んだときに泣きました。
あるときねこは誰のねこでもない、のらねこになりました。
自分が大好きなねこは、めすねこたちにちやほやされて有頂天になりますが、一匹の白く美しいねこに魅せられます。やがて子どもが生まれ、自分よりも大切な家族を持つことに。そして・・・。
100万回死んでも悲しくなかったねこは、はじめて愛することを知り、愛する者を失って涙を流すのです。

久しぶりに見て読んだが
やっぱ泣けた悲しい

| 感動〜ぅ | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
星野ジャパンに何となく感謝…
星野ジャパンが台湾に勝って、3連勝で北京オリンピック行きを決定した事に先日もちょっと触れていたが、
今日は、休日でゆっくりしているので、その日の琴線瓩某┐譴浸を書こうと思う。

プロ野球は、今年も福留をはじめ数人がメジャーへ渡って行きそうで、
どんどん日本のプロ野球はつまらなくなってきている。
そう言えばセリーグはジャイアンツがリーグ優勝したんだけど、
優勝のシーンもTVはひっそりとって感じ…、スポーツニュースも今一つな感であった。しかも、その後クライマックスシリーズで中日に負けて、
気付けば今年のジャイアンツは…
「え?」って感じになってしまった。

ダルビッシュに湧いた日本のプロ野球ではあったが、
新庄が引退してパフォーマンスをする人が居なくなり、日本のプロ野球は、
確かに「人々を…、子ども達を…惹きつける何か瓩足りない。

それにしても、
先日の、プロ選手で固めた野球全日本星野ジャパンがアジア予選で勝ったシーンは、久しぶりに何か瓩鮖廚さこさせてくれたようだった。

1球1球を凝視するかの如く…。
歓喜・ため息・高揚・安堵感…。TVを見ながらつい力が入ってしまう。
居酒屋あたりでは、オッサンたちが(私もオッサンではあるが)、
オフィス街ではOLたちが、
「やったね」「よかったねぇ」と…、話すシーンをニュースは見せてくれた。
老若男女の国民的な関心事瓩砲覆辰討い燭茲Δ澄

昨年のワールドベースボールクラシック(WBC)の時にも、
日本はイチローを擁して世界一になったけれど、
この時の盛り上がりもそうだったが、
日の丸の威力』もまだまだ捨てたもんじゃぁない気がする。

一瞬?瓩琉国心もあるかもしれないが、一寸先が不透明な時代に…、
誰もが忘れかけている夢とか希望とか瓩箸いΔ修鵑弊捗いロマンが、
世の中の人々の琴線に触れたんではないだろうか…。

昭和の時代…。私も成人して数年間迄は昭和の人間である。
あの時代には確かに「あった」。
世の中が戦後から経済成長を遂げている途上段階でも、
この日本には瓩あった。
希望に満ちていた大人も子どもも…、人々はそれらを胸に抱いて走っていた。

つかの間の余暇もみんなで楽しむ雰囲気…。
世の中は『巨人・大鵬・玉子焼き』に酔った。長嶋茂雄王貞治の凄さに子どもも酔いしれ、みなが、明日への活力にした。
スポーツを通して、まるで自分の事の様に疑似体験瓩鬚掘
国民のベクトルは同じ方向を向いていたに違いない。
目はキラキラと輝き、それが大きなエネルギーを生み出す…。
それらが礎で、日本という国の世の中は豊かになっていく…。

時代は平成となり、平成ももうすぐ20年目を迎えようとしている。
趣味や嗜好だけでなく人生までもが多様化して、
人々は集団瓩鮃イ泙此核家族化や細分化は、独自性瓩筬オンリーワン瓩箸いΩ斥佞琶發出し、それ自体は否定しないが、
義務の伴わない権利主張」が横行し、無秩序に進んだ。

バブルという時代があった。
価値観が拝金主義瓩箸覆格差社会が生まれた。
それが崩壊しても幻影を追い続けている…。
コンビニや街中で地べたに座って弁当を食べ、食べカスはそのまま放置していく若者。
ファミレスで面と向かって座っているカップルが、一言も話さず携帯メールで牴駭鱈瓩鬚垢襦帖
」はブランド品にすり替えられ、熱く思いをぶつけることさえ忘れているよう…。

映画ALLWAYS〜続三丁目の夕日が1作目に続いてヒットしている。
単なるノスタルジー(郷愁)ではない。失われた夢と希望がテーマ…。

小さな街工場を営む鈴木オート社長(堤真一)は将来の大自動車産業へと夢を膨らませている。
踊り子のヒロミ(小雪)が玉の輿をソデに振って、貧乏小説家(吉岡秀隆)の元に走る…。
暗闇の館内ですすり泣く声が聞こえる。
あの時代を知らない若者さえも

世代を超えて語りかける「何か」…。
忘れかけていた心を刺激したのだろうか。

星野JAPANの韓国戦の視聴率は瞬間最大で43.5%だったそうだ。
本来、どこか余裕な感じで試合をしている各チームの主力選手たちの集まりである。そんな彼らが、1球ごとに「ヨッシャー」と叫んでガッツポーズを取る姿…、高校野球でも今時仲々見れないシーンに、完全に魅せられてしまった。

爐砲錣愛国心瓩任△蹐Δ函
不透明な時代に、向かうベクトルは、夢と希望でひとつになっていた。
野球も捨てたもんじゃぁない…。

忘れかけていた人々の心にエネルギーを与えてくれた。

星野JAPANに、何となく感謝したい…。

| 感動〜ぅ | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | ↑TOP -
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